御会式
弘安5年9月8日、病気療養のために身延山を後にした日蓮大聖人は、常陸の湯に向かわれました。同年9月18日、武蔵国池上の池上宗仲公の館(現在の本山池上大坊本行寺)に御到着され、10月13日に御入滅されました。宗祖御報恩会式(御会式)は、日蓮大聖人の御恩に報いるための法要で、毎年9月から年末にかけて、全国の日蓮宗各寺院で行なわれます。

中でも全国的に有名なのが、大本山池上本門寺の御会式です。毎年10月11・12・13日に行なわれ、御逮夜となる12日には万燈練供養が行なわれます。周辺道路は封鎖され、日没と同時に100以上の万燈講中が大森駅・池上駅の両方向から練り歩き、参詣が深夜にまで及びます。

池上本門寺新参道が開通する以前は現在の「本門寺通り商店街(池上駅前の東京三菱銀行横から旧池上道池田屋に通じる道)」が唯一の参道でした。万燈行列も道幅の狭い参道を練り歩きました。また、現在の池上通りが開通する以前は旧池上道を練り歩き、大森駅前から延々練歩く万燈講中も多くありました。現在では道幅が広い池上通りや新参道を練り歩きますが、往時は道幅が狭い道路ばかりでしたので、多数の万燈講中と見物人で、沿道は足の踏み場もない程、賑やかでした。

万燈行列は、先頭に纏、続いて団扇太鼓と鉦と笛、最後尾に万燈で構成されています。纏は万燈の露払いの意味合いがあり、常に振り止むことがありません。江戸消防記念会の振り方とは異なり、万燈講中独特の振り方があります。纏をしゃくり上げるような振り方は「吉原崩し」と呼ばれ、纏持ちの技の見せ所です。市野倉の先人達が昔、一生の思い出となる吉原の一夜を恋しく思い出し、吉原の遊女を抱きかかえるような振り方をしたのが「吉原崩し」の始まりと言われています。

団扇太鼓には「南無」「八木節」「梅ヶ枝」の3曲目があり、万燈行列が出立してから参詣を終えるまで、延々と「南無」を叩き続けます。「八木節」「梅ヶ枝」は「色物」と呼ばれ、参詣を終え、境内で休憩している時や、参詣後の帰る道などで叩きます。団扇太鼓は鉦の拍子に合わせて叩き、それに笛が添えられます。曲名や叩き方や笛の手などは、各万燈講中により異なり、同じ池上本門寺近在結社の中でも異なる程です。

纏 団扇太鼓と鉦と笛
団扇太鼓と鉦と笛

万燈は、五重塔を模ったもので、バッテリーにより内部の電球を明るく照らしています。万燈の周りは枝垂れ桜のように桜の造花を付けています。日蓮大聖人が御入滅された直後、その季節には咲くはずもない桜(現在も大坊本行寺境内に残る「御会式桜」)が咲いたという伝説に基づいたものです。昔は電気や電球がなく、蝋燭で明るく照らしていたため、参詣後はそのまま燃やしてしまうので、簡素な万燈が多かったですが、現在では趣向を凝らした、立派な万燈が多く、興味が尽きません。